小澤征爾さんを偲んで
2024年10月10日
杉崎 壽三男
上田千曲高校 建築科29年卒
世界を舞台に活躍された今は亡き小澤征爾さんを語ることなど許されるものではありませんが一度だけお会いしたことがあり、記録に残すこととなりました。
私は今夏の生活は猛暑から避けるため信州の山荘に籠もる時間をつくりました。
地元の「信毎新聞」を読む機会が多く、なかでも小澤さんの夏季演奏会も多いことから特集記事も組まれ、その業績は輝かしいものでした。私も紙面から感動し、お会いした事がにわかに浮かんで参りました。
それは2005年4月にヨーロッパのオーストリアで開催された世界スキー指導者会議(IVSS)に我国からも参加しました。(公財)全日本スキー連盟の執行部に席を置いていた私は、総責任者 団長として役員・デモンストレーター・一般参加者 計20名ほどの団体で参加した際の出来事でした。
現地に向かう機内で同行者のひとりがキャビンアテンダントから我々一行のことに興味を持たれ意気投合した末に、期間中どこかで再会したいとのことでした。我々の行動範囲はWien(ウィーン)を中心とし、スキー場はオーストリアの高級リゾート地Lech(レッヒ)となっており、日程調整の結果はウイーンでの「お茶飲み会」となりました。
集合場所は市内でも格式のあるカフェモーツアルトとなり、キャビンアテンダントはたいへん親切な好感のもてる女性お二人でした。その場での雑談中に彼女達は盛んに電話をされていました。そしてその後で、皆様がよくご存じの日本人が時間が空いているのでこの場に来たいとの事ですと言われました。私は公式行事中ではありますが、フリータイムでもあり気安くOKのサインを出してしまいました。
しばらくしてそこへ現れた人はなんと「小澤征爾」さんでした。
髪の形・風貌は新聞・雑誌・テレビなどで見るお姿そのもので敬嘆しきりです。
初対面にもかかわらず気さくな雰囲気は過去に幾度もお会いし、たび重なる再会と錯覚をするぐらいの第一印象で人懐かしささえ感じました。しかも突如と現れたその会場は珍客の登場により雑談の騒音から静寂な舞台へと一変し、お客様の視線は一斉に我々の方に向けられ何とも言われぬ空気に包まれました。
話題は主にスキーに集中され、今回のスキー祭典の意義・日本での冬季オリンピック開催(北海道・長野)による国際事業も高く評価されておりました。スキー技術についてもご本人はハイテクニックの持ち主で専門的な技術論が印象的で、奥志賀に山荘を持たれ一流のコーチに指導を受けた事も述べられておりました。我々の席が特別講座の場に展開し、たいへん有意義な時間を得たことはおかげさまで私のスキー歴史に大きな収穫となりました。又ご多忙の中、この場でも各国で講演をするための航空券の手配なども話し合う国際生活に接し、ご健康を案じたことも覚えております。思いもよらない小澤征爾さんとの出会いの盛り上がりは、私と生まれ年が偶然にも同期(私が2ヶ月兄貴分)と言う事と、信州人丸だしの構えとそれにスキー愛好者と言う共通点が合致したことによるものと思いました。
年が明けるとまもなく一周忌を迎えますが、まだまだ末永く更なるご活躍を期待しておられた世界の音楽ファンも、取り返しのつかない思いをされていると思うと残念でなりません。
旅をすることによってまたいつの日かどこかで小澤さんのような方と巡り会うかもしれません。
人との出合いを大切にして、生涯を送りたいものです。
―シーハイル・そして合掌―