季節の便り「白萩の浪」
茂木正二郎(S.39年機械卒)
「古典太平記」に乱舞するつわもの達の哀史。源氏一門の新田義貞に攻め込まれ、北条一族ことごとく自刃して果てた地、鎌倉宝戒寺。ここはまた、坂東武者たちの夢を乗せて、源頼朝が打ち立てて150年余続いた鎌倉幕府滅亡の象徴の地でもある。執権北条の怨念に満ちた呻きが聞こえてきそうな、静寂が包む寺域一面は白萩の群生に埋まっている。
鎌倉の萩寺とも言われる宝戒寺は1335年(建武2年)に北条高時の菩提を弔うため、後醍醐天皇が足利尊氏に命じ北条執権邸跡に建立されたと伝えられている。山門から本堂に至る小径を覆う白萩を、中秋の夕陽が柔らかに染めている。煙るように咲く白萩は淡い逆光の中で、その白さを際立たせ、行きかう人々を誘うように揺らいでいる。
胡蝶にも似た無数の小花を纏う白萩は、つわもの達の哀史を飾るにふさわしい清楚な花である。その花の一つ一つに折りたたまれた物語が時空を超えて甦ってくる。そんな哀史に重なる一齣を、ウクライナの民の現状から少し紐解いて見たい。
9月28日 ロイターの報道によると、ウクライナ東・南部4州で親ロシア派勢力が強行したロシアへの編入を問う「住民投票」について、各地域の親ロ派組織は圧倒的多数が編入に賛成したとの集計結果を発表した。プーチン大統領は、数日以内にロシアへの各地域編入を宣言する見通しとのこと。
一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は28日、英国やカナダ、ドイツ、トルコなど各国首脳と個別で電話会談を行い、ロシア編入に反対するよう強く求めた。ドイツのショルツ首相はゼレンスキー氏に「ドイツは決して住民投票の結果を認めない」と伝えた。米国は「違法かつ不当な併合の試みを決して認めない」との姿勢を示し、対ロ追加制裁に乗り出す方針も表明し、欧州連合(EU)も追加の制裁案を発表した。
ロシア軍による侵略から既に7か月が過ぎ、攻撃が依然として激しさを増す中、ウクライナ東部からも数千もの人々が脱出しようとしている。国連によると、同国ではすでに1,000万人以上の人々が、ロシアの侵略のために自宅を離れることを余儀なくされているとのこと。近隣諸国へ避難した420万人のほか、戦乱の続くウクライナ国内で、さらに650万人の人々が避難生活を余儀なくされている。
さらに祖国を守るため、ウクライナの地に残りロシアの攻撃に、傷つきながらも敢然と立ち向かい闘う人々。
これら強いられた闘いと、生活の中で、苦悩に呻く、その声すら上げる暇も無い日々。憤怒や嘆きに満ちる絶望の中から、一縷の希望を求める如く生まれる人々の言葉そして戦場に響く歌声。そこには悲愴や哀感を越えた、むしろ澄明な祈りが満ちている。あたかも初秋の草原を吹き抜ける風の音のように。
北条一族の終焉を見守った地。宝戒寺の参道をはじめ、寺域一面を埋めつくす花々は白一色に彩られている。萩は言うに及ばず曼珠沙華までもが白一色・・・。人によって更なる人の血が流されるのを拒むかのように・・・。
参道をわたる風に吹かれた白萩が波立つように揺れている。その波間に飛沫のように咲きこぼれる白萩の花。それは理不尽なロシアの侵略によってもたらされた戦に否応なく巻き込まれ、烈しい戦闘の波間に揉まれながらも懸命に生き、闘っているウクライナの民。その祈るように求めた希望のともし火にも似て、微かではあるがしっかりとした輝きを放っている。 了