平成27年
電子機械科卒業
株式会社 甲田ケイテイ:工藤 悠樹
- 現在のご職業や、お仕事の内容をおしえてください。
- 株式会社 甲田ケイテイで車の板金・塗装の部門に所属しています。今年の8月で入社して3年目に入りました。まだ先輩方のお仕事を手伝うという側面が多いです。高校卒業後は別の会社に就職したのですが、体を壊してしまったこともあり転職しました。
おかげさまで、今の仕事は『楽しい』と感じています。単純なことですが、すごく幅広くいろんな車種に実際に手で触れて作業ができるので、メーカーごとの違いとかを知れるっていうのは面白く感じますね。特に外車と国産車は違いが大きくて、部品の付け方が違ったりしますし、外車の内装なんかは国産車と作りが全然違います。今までだったら自分の車しか触れてこなかったので、とても面白い仕事だと思います。 - 千曲高校・電子機械科に進学された一番の理由は何でしょうか?
- 最初は3つ上の兄の影響があったのと、単純にロボットとかそういうのが好きだったこと。あと将来についてイマイチ自分自身イメージが持てなかったのですが、見学に行ったときになんかすごそうだなって。中学生の時、成績はそんなに良くなかったのもあって、他の高校に行くっていう意識はなかったんですけど、仲の良かった友達はみんな上田高校に行きましたね。もう少しその時考えていれば、もっと努力するべきだったのかもしれませんね(笑)。自分一人だけ別の高校になってしまったので、そこは今でも悔いていることでもあります。
- 在学中はどんな班活に在籍されていましたか?
- 水泳班でしたね。3年生の時には写真班と掛け持ちでした。運動班と文化班だったので、先生の許可が下りやすかったんだと思いますね。水泳は好きなんですけど競泳は嫌いで、水泳班に入ったら競泳するしかなくて、考えて、本当は辞めたかったんですけど、辞められない感じになってしまったので、それなら別の事もやってみようと思って。それが写真班に入ったきっかけです(笑)。
写真には興味があったので。写真班は決まった班室とか部屋がなくて、空いてる部屋でたまに集まってミーティングしてましたけど、技術的なことはまったく…でしたね。カメラも買ったんですけど、イマイチわからないまま終わってしまった感じです(笑)。 - 在学中の思い出として、忘れられないことはありますか?
- いろいろ憶えていることはあるんですけど、日常の中の普通の内容って感じで、特にこれがってことはあまりないですね。一番記憶に残りやすいのは、初めて習うことがある授業の時の印象はありますよね。正直、イメージしていた授業内容と違ったなってとこもありました(笑)。学校見学で案内されたときは機械科と同じ内容だったので、実際入学した後に「あ、この授業ないんだ」とか「この授業受けてみたかった」とか…。科の区分がイマイチ理解していなかったっていうことですかね。
あと先生方はやさしい人が多かったなって思います。3年間お世話になった担任の先生は特に変わってる人だと思うんですけど、怒鳴るとか叱るってことを一切しなかったやらなかった先生で、そんな姿を見たこともなかったですね。 - 千曲高校で学んだことで、今のご職業に活かされてると思うことはございますか?
- 溶接系と旋盤とか大型の機械を使うような、自分の身に危険がありそうな実習はすごく役に立ってると思います。溶接の経験があったことていうのは今の仕事では大きいです。板金の場合はアーク溶接に近いですね。多分、まったく経験してなかったら全然うまくいかなかったと思います。今でもうまくいかないこともありますが、やったことがあるって重要で、そのおかげで恐怖心がなくできていますね。板金以外のいろんな作業が増えていく中で、これから気づいていくことも多いかもしれないですね。
- これからの社会で求められるのはどんな人材ですか?
- この会社に入ってすごく思ったのが、できたことに対してそれを肯定して、褒めてくれたっていうのが正直一番驚いたところですね。アルバイトを含めて、あまりそういう経験ってなかったというか。まったくなかったわけじゃないんですけど、あまりそういう感じに大人ってしてくれないので。できているのか、できてないのかっていう判断がしやすいというか、肯定してもらって「これは大丈夫なんだ」っていうのがわかると安心して作業ができます。これも驚いたことなんですけど、失敗してしまった時、理解できないような怒られ方っていうのはほぼ無いですし、威圧されるようなこともほぼ無いです。そこが違いましたね。
自分の性格もあるかもしれないですが、いきなり怒られると委縮しちゃって、もうそれでいっぱいになっちゃって、あと話が入ってこなくなっちゃうんです。積極的な人だったらきっと違うんでしょうけど、年下の人が年上の方に何か発言するってすごく大きな壁なので、そういうのがしやすい環境だとすごくありがたく感じます。 - ご自身が影響を受けた人・尊敬される方はおられますか?
- 学校を出て、一番最初に就職した運送会社の支店長さんですね。この方はまだ若い方なんですけど、作業面や精神面のサポートを広くできる方でした。なにか失敗したことがあった時、僕が家に帰っている途中に連絡をいただいたんです。「なにかな?」って思ったんですが、ご自身の仕事を一旦切り上げて、わざわざ僕のために来てくれたんです。ミスをして責められたことへのフォローや精神面のケアに来てくれたっていうことがあって、「こういう大人もいるんだ」っていう驚きとありがたさがありました。
- 大切にされているポリシー・座右の銘はございますか?
- まだ自分自身うまくはできていないんですけど、ネット見ていた時に漫画の一コマみたいなのが載っていて、そこに『自分が行った行動に関して、責められたかどうかは置いておいて、否定されたときにそれを否定されたことに対してイラついてしまったり反抗的に思うのか、それを素直に受け入れて消化していくのか。』っていう感じの内容がありました。それを読んだときに、こういう人のようになれたら、今の自分と違ってもう少し成長できるんじゃないかなって思ったんです。できるだけ言われたことを心の中で「違うんじゃないかな」って思わないようにできるようになりたいなと。
- 今後達成したい目標や夢はございますか?
- 一番はこの仕事をしていくにあたって、何か質問されたときにすぐに答えられるような知識や経験を身につけられることが理想です。それはお客さんもそうですし、家族や友達に対してもです。これからもっと経験して、勉強していかないといけないですし、課題だと思っています。
- 在学生にお声がけいただくとしたら、どのような言葉をかけますか?
- とても難しいですね…。
当時の自分に向けていうとしたら、授業に限らず学校生活とか班活とかアルバイトもしてたので、今後自分が何をしたいかっていうのをしっかりと決め切らずに進路を決めなければならなかったんです。
千曲高校で学んだことが直接活かせる仕事かどうかは置いておいて、『何がやりたいか』っていうのを1年でも2年でも早く頭の中に決められていたらもう少し変えられたと思うところはあります。よく聞く事ではあるんですが、その時は他人事のように聞いてたんですけど、いざ自分がそうなったときに気づきましたね。
今思えば当時のアルバイトって、進路を考える上での不安を解消する一つの手段でしたね。学校に行ってても、仕事している人の環境って見えないし、会社見学なんかも長くて1週間とか。1ヶ月以上とか1年通して関わってみると印象が違ったりしますよね。アルバイトは単純に働くだけじゃなくて、社会を少し経験できたと思います。他校の人とも友達になれたりもするので、学校で嫌なことがあっても、それと別のもう一つの社会があった感じですし、そこにいたから出会えた人たちも多いです。 - 令和2年10月20日公開