Interview

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昭和58年
機械科卒業

有限会社 中田商会:代表取締役社長 中田 徳幸

現在のご職業や、お仕事の内容をおしえてください。
オートバイ・自転車の販売及び修理をしております、有限会社 中田商会の代表取締役社長です。
学生さんからお年寄りまで、幅広い年齢層のお客様にご愛顧いただき、今年で創業100周年を迎えることができました。
千曲高校・機械科に進学された一番の理由は何でしょうか?
家業を継ぐために機械科に進学しました。他の選択肢もありましたが、その先の進路もその時点で決めていましたからね。
『中田商会を継ぐ・HONDAの専門学校へバイクの整備を勉強しに行く』ということを高校進学前から決めていたので、機械科に進学することは当たり前というか必然でしたよね。

HONDAの専門学校は、中田商会がHONDAの看板を背負っていたこともあり、整備を勉強するためにどうしても行きたかった学校です。
当時の倍率は大学を凌ぐほどでしたし、バイクの整備はもちろん、規律や身だしなみにも厳しい学校だったので、卒業するとメーカー問わず引手数多でしたね。
メーカーの専門学校としてはHONDAが先駆けでしたね。

その専門学校を卒業した後は、東京で修行し上田に帰ってきました。
在学中はどんな班活に在籍されていましたか?
柔道でしたね。
記憶はあまりないけど、当時は2~30人班員がいたんじゃないかな。

中学生の時はサッカーやっていたので、千曲高校でも1年生の時はサッカー班だったんです。でも、先輩・後輩の上下関係とかいろいろ大変で辞めちゃいましたね。
その後、本当は空手班に入ろうと思ったんですが、直前に廃部になっちゃって、それで柔道(笑)。
柔道班に入った時は、すでに3年生は引退してたし、上下関係にもそれほど厳しくなかったので楽しかったですね。
人気もありましたし、強くなりたいって始める人も多かったと思います。
在学中の思い出として、忘れられないことはありますか?
特にないかな…。

先生は厳しい先生だったね。私たちが卒業して、何年か経ったら校長になってたよね。杉崎校長、結婚式にも来てもらったし。
先生の印象は強く残ってるし、私の印象も先生には強く残ってるんじゃないかな(笑)。生活指導でもあったし、友達がその先生に怒られたときはパイプ椅子が飛んできたみたいだからね(笑)。

当時って、パンチパーマやリーゼントが流行ってたんだけど、それはなぜか怒られなかったよね。
ただ、修学旅行の時はダメだった。
パンチパーマ禁止。リーゼント禁止。エナメルの靴禁止。
違反した生徒は、旅行先の京都で散髪屋に連れていかれてボウズにされたり、靴を買わされたり(笑)。
私はいつものリーゼントにはセットせず、ピカピカしていない革靴で言ったので先生から怒られることはなかったです。
みんなからは「中田、きたねー!裏切者―!」なんて後ろ指さされましたね(笑)。
千曲高校で学んだことで、今のご職業で活かされてると思うことはございますか?
やっぱり技術だよね。溶接の技術だったり。
千曲高校在学中にガス溶接もアーク溶接も取っていたので、HONDAの専門学校ではその授業は免除されましたね。その授業の日は私だけお休みでした(笑)。
これからの社会で求められるのはどのような人材ですか?
どこもそうだろうけど、ITができる人じゃないかな。
私たちの時代はパソコンなんてものもなかったから、全然勉強なんてしなかったよね。HONDAの専門学校でも当時はやらなかったし、パソコンなんて触れたこともなかったよ。
もちろん仕事では使っているけど、苦手意識はあるよね。
「あれ!? こんなんなっちゃったけど、どうやって直すの!?」、「このボタン何に使うか知らない。」とか。よくわからないときは電源切っちゃう(笑)。
だから絶対必要だよね。
ご自身が影響を受けた人・尊敬される方はおられますか?
ブルース・リーとか…?

この歳になってこうやって商売してみると、やっぱり親父かな。
生きてた時は『すごいな』って部分はあるけど、でも口には出さない。
ケンカもするし(笑)。でも、いざとなって1人でやっていると『親父はすごかったなぁ』って思うね。

初代であるお爺さんは体が弱かったので、8人兄弟の長男である親父は中学卒業後、高校はいかず家業に入ったんだよね。それから社長として約40年、家族6人を1人で養っていたんだからすごいよね。
姉も大学に行ってたし、私が行かせてもらったHONDAの専門学校は学費が高かったからね。
きっと大変な苦労だったと思う。私たちには一切見せなかったけどね。
大切にされているポリシー・座右の銘はありますか?
昔とは違うんだろうけど、『お客様は神様です』なのかな。

でも、頭ではわかっていても、そのお客様によっては強く言ってしまうこともあるよね。今の時代、商売も効率よく動かなければならないから、あらゆるトラブルは可能な限り避けなければならないと思います。

会社として、自分として選択することが多くなったと思いますから、トラブルになりそうなことは選ばない。会社にも自分にもより良い環境を作るために神様のようなお客様を大切にします。
今後達成したい目標や夢はございますか?
この歳ではもうないよ(笑)。
ただ一生懸命しっかりとした仕事をしていくってことかな。好きな仕事だしいろんな人に声をかけてもらえる。「楽しそうに仕事してるね」って言われたこともあったね。
今年で創業100周年ですが、101年目以降も変わらず一生懸命好きな仕事していきます。
在校生にお声がけいただくとしたら、どのような言葉をかけますか?
将来にはそれほど関係はないのかもしれないけど、「楽しい高校生活を送りなよ」って言ってあげたいかな。

私たちのころは、ビーバップハイスクールが流行った時代で、昔で言う不良、今でいうヤンキーのような生徒が多かった。そういう人たちとも仲は良かったけど苦手だったから、高校時代が楽しかったかそうでなかったかは正直よく憶えていません(笑)。
令和5年5月

有限会社 中田商会(上田市御所)