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「心地よい”ここ”に住んで、今想うこと」

令和5年5月8日
事務局長 中村享二(昭44機卒)

私が現在の地、埼玉は上尾市に居を構え早、40数年が過ぎた、早いものです。気が付けば周辺の緑は”減”、我が白髪は”増”となってしまい、先ずは素直に受け入れるのが肝要とばかり一人納得しています。
“ここ”埼玉県は故郷信州同様”海なし県”として島国日本の中では少数派です。でもしかし、私の市民講座で先日取上げた「上尾地域の歴史紹介」によると、6,000年位前までは関東平野の大部分はなんと海であり、そこに北方から南に向け手のひらを開いた様に岬と入江が複雑な海岸線を形成していたとの事です。上尾周辺もその一角をなし、岬周りの跡地では貝塚や住居跡がいくつか見つかっており地名として現在まで残っています。
時代は下って徳川政権の黎明期より、上尾の南方から江戸の手前にかけて残っていた広大な湖と湿地帯に人の手が入ります。家康の関東移封に伴い隣の伊奈町に居館を構えた代官頭、伊奈備前の守忠次一族(そのルーツは信州伊那)により開墾され消費都市江戸の食糧供給地となり現在に至っています。通称”見沼たんぼ”です。

この地は現在も緑豊かでビオトープの雰囲気も有り四季折々の花もきれいです。そこで先日女房と二人、最寄りの「さいたま新都心駅」から見沼代用水沿いを”ぶらり”と散策してきました。都市部のすぐ近くにこんな広大な自然があるとはびっくりです。見沼たんぼの自然風景の向こうに高層ビル群がニョキニョキと見える様は何とも不思議なコントラストでした。
そんな光景を見ていると又あの”人新世”の言葉が頭をよぎります。それに加え地球上の人口が昨年ついに80億人を超えたと言うニュースも思い浮かびました。その人口を食料キャパシティ面から見ると、地球上の全生物の大元となっている太陽光エネルギーの総量、それから生成される植物、それを源資にした食物(上位)連鎖10%ルールからはじき出すと最上位に位置する人間の地球上の定員はなんと80億人だそうです。地球地質面へ影響を及ぼす人新世よろしく、人工物で自らよって立つ地球の構造にまで影響を及ぼさんとしている人類が、現状は科学の力で何とか凌いでいるとは言え、生きる糧である食料面でもその数が”飽和状態”になっている、と言う現実は何を意味しているのでしょうか。

一方、視線を足元に移すと人類はここ100年足らずの間に驚くほどの長寿を手に入れました。特にわが国では今”人生アラハン時代”です。(アラハン;アラウンドハンドレット=100才前後、私が講義の中で使っている中村造語です)他方、地球上あちこちで対立や分断、更には時計を100年も巻き戻した様な侵略戦争も起きています。それらも相まって市井の人達が日々暮して行く中で、生活して行く中で国の制度、仕組みから社会の在り方、経済活動、更には個々人の処し方迄、様々な課題も顕在化してきています。
そんなことを思うと、緑豊かなこの地球、平和な国日本、何となく見慣れて暮し慣れた”ここ”(本文の”ここ”とは今住んでいる上尾であり埼玉、日本、そして地球、更には宇宙、これら不可分の”ここ”、正に宇宙船地球号の一部としての”ここ”と言う意味で使っています)を大切にすることが、少なくとも住みにくくしない事が必要ではないかと思えてきました。

今、我々が置かれている現代社会は「エネルギー」「食料」「環境」問題が”トリレンマ”となっており、そのバランスの取れたオペレーションの必要性が叫ばれています。その為にも我々の身の周りから”ムリ・ムダ・ムラ”をなくした処し方、暮らし方が大切になるもと思い、アラハン終盤に突入している身としても実践を心掛けようとしていますが、人生の活動期に右肩上がりの業績追求社会にドップリと浸かり、目先の利益確保と部分最適を追い求めてきた身としては中々うまく行きません。しかしながら見沼たんぼの心地よさに触れながら”着眼大局・着手小局”の言葉を思い起こし散策の歩を進めていると、不思議な事に先ずは自分のペースで少しづつ”3ム”を実践して行く事がやはり大切かな!と思えてきました。

物事、転換・改善には「時」「場所」「人」を変えてみると言うやり方が有る様です。皆様も「え~さいたま!!」何ぞと言わず”ここ”広大な見沼たんぼの場所に是非お出掛け下さい。春は桜、夏は緑、秋は曼殊沙華等がとても見事でお休み・食事処も点在しています。そこで色々と思いを馳せて頂く事も転換・改善には効果大でしょうし何よりもご自身のリフレッシュに資する事請け合いです。心より皆様を”ここ”にてお待ちしております。
<参考>・見沼たんぼ、http://www.minumatanbo-saitama.jp/

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